お洒落なおばあさんの仮装をしたババアが隣に座ってきた話
東京から大阪に向かう新幹線、午前9時。
指定席の3人がけの席の真ん中はよく空いているのだけど、その例に漏れず私の座る窓側の席の右隣も空っぽだった。遠慮なく両肘をひざ掛けに乗せてリラックスしていたところ、途中から60代くらいのベレー帽の女性が腰掛けた為、右の肘掛から肘を外してさあお婆さんどうぞと迎え入れる体勢をとった。
両肘を置けなくなったところで飛行機に比べると広々した座席の新幹線、特に不満もなく座っていた。
ベレー帽のおばあさんが座ってから4分後、車掌さんらしき人におばあさんが何か言っている。
「わたし、ここの席じゃないんです」
おっと、席がわからないまま新幹線が動いてしまったから下手に動くよりも車掌さんに聞こうと思ってここに座った、そういうことなのかと予想していた。
「わたし、本当はこれに乗りたかったの、だけど聞いても最後まで教えてくれなかったからわからなくて結局乗れなかったの」
「乗り場まで教えてくれなかったからわからなかったの、本当はこれに乗る予定だったのよ」
どうやらおばあさんは乗る予定の電車に乗れず、代わりにこの電車に乗ったそう。
「それでは、自由席の方にご案内しますね」
指定席特急券を購入し直すよりこのまま乗って目的地まで行く方がいいので、という説明を付け加えながら案内しようとする係員さん。
そうするとまたおばあさんは乗れなかった理由を説明し始める。
「聞いたのに最後まで教えてくれなかったのよ」
最初はベレー帽なんか被ってお洒落なおばあさんだなあなんて思っていたけれど、この会話を聞くうちにもう頑固なベレーババアとしか思えなくなってしまった。
係員の方はもう移動は難しいと判断したのか、わたしの隣が空いているか確認した後、次回からは気をつけてくださいと念押しして去って行った。
右の席を埋めるついでに言い様のないモヤモヤもわたしの心を埋める。
特に不便はないし、わたしは何をされたわけでもないのに、さっきの会話を聞いてしまったばかりに少し不便に感じる上、軽く怒りも感じてしまう。
通路側に座っているお兄さんはイヤホンなんか呑気にしているからこの会話を聞いていないのかもしれない。音楽を少し止めてこの気持ちを共有してくれよと言いたい。
このベレーババアは、あらゆる場面でこういうワガママな振る舞いをしてきて、それで自分の思い通りになってきたからなんの疑いようもなく今回も同じ振る舞いをしたのかもしれない。
いや、そもそもワガママだと認知していなくて、当たり前に自分は被害者だからこの先に座るのが当然だと思っているのかもしれない。
だんだんわからなくなってきたけれど、もしかしたら本当にベレーババアは被害者かもしれないし、単にわたしが心が狭いだけかもしれない。
あのベレー帽のおばあさん aka.ベレーババアの行動は普通のことなのかもしれない。は?普通とは???常識とは?????
わたしの常識もわたしの普通もわたしの世界の中での話にすぎないし、ベレーババアの普通が世の中的にも普通なのかもしれない。
私は特に迷惑を被っているわけでもないのに、勝手にモヤモヤを抱え、勝手に係員さんの心労を気にし、勝手にこの気持ちのやり場を作る為に文章を書いている。
わたしにとってはあの係員とお洒落なおばあさんの仮装をしたベレーババアのやりとりは聞きたくなかった嫌いなものだったけれども、他の人にとっては特に気にならない会話だったのかもしれない。
わたしももし違う席であの会話を聞いていたら、特に何も思わず「色んな人がいるからな」の一言で済ませられたのかもしれない。
ベレー帽をかぶってフランス語の本を読むおばあさん、素直に係員の方と会話していたらあなたのことをババアだなんて思わなかったのになぁ、残念だな。
こんなことでババアだなんて思ってしまうわたしも本当に器が小さい。どうにかしてほしい。多分お猪口くらいの広さ。多分これから日本酒を飲む度に親近感がわくと思う。嫌なことは全て酔っ払って忘れよう。大阪の酒は多分美味しいよね。
今日も飲もうと決めた矢先、ババアは京都で降りた。降りた瞬間スッキリした為、相変わらず器も心も狭いながらに今日はいい日になりそうです。