MMオフィシャルブログ

東京で落ち着ける場所探し中。

ようやく部活動の夢をみる呪いが解けた

 

 

ミズノのスパイク、日陰の無いトラック、蝉の鳴き声。

ウォータープルーフの日焼け止めを使っているはずなのに滴り落ちる汗は白く濁っていて、その汗をタオルで拭いた後、スパイクピンを締め直しながらタイムテーブルを確認する。

 

 

 

 

 

え?

 

時計を見直す。

 

 

召集*1、終わった?

 

まずい

 

 

 

 

 

 

陸上を辞めてもう5年経つのに未だにこんな夢を見ていた。半年前くらいまで。

召集というのはレース前の点呼のようなもので、設定された召集時間に手続きをしないと棄権とみなされて試合に出られない。

 

他の競技でも召集制度があるのかどうかは知らないけれど、陸上部にとって召集遅れによる失格は死を表す。

勿論自分自身が悔しいのもあるだろうが、大切なレースを単なる不注意で無駄にしてしまうだなんて、そんな理由で棄権だなんて、顧問に、メンバーに、会わせる顔がない。 

 

試合で力を発揮するために辛い練習を積み重ねてきたのに、それが召集時間を確認していなかったミスで台無しになることほど情けないものはないのである。

 

 

そんな頭が真っ白になるという夢を見た。

せめて現役時代に経験していたならわかるが、そんな恐ろしい経験をしたことがないにも関わらず。

 

ハッと目覚めて、大して暑くもないのに汗ばんでいることに気がついて、心底安心する。

安心してからは、本当に汗をかく夢を見るんだってことや、競技から身を引いて4年間も経つのに未だにこんな夢を見ていることをようやく認識できて、笑うこともできた。

 

 

一度じゃない、陸上現役時代に戻った夢は今までに何度も何度も見てきた。

 

例えば、高校時代ウォーミングアップのメニューとして決まっていた動きがあったのだけど、それを全て忘れる夢。

先頭で引っ張っていかなくてはならない立場なのに記憶が飛ぶ。いやいやありえないだろと思うけれど、それでまた頭が真っ白になって目覚める。

 

例えば、リレーのレース中に何故かバトンが消えていて失格。

現実では有りえないけれど、そこではその事実があって、頭真っ白。県大会であれば当然のように表彰されるような強豪校だったのに、表彰アナウンスで自分の高校の名前が呼ばれない。

完全にチームは通夜。完全に顧問は瞳孔全開。これも夢だった。

 

他にもいくつかレパートリーはあるけれど、共通しているのは必ずバットエンド。頭が真っ白になって目覚めて、安心する。

 

 

一体いつまでこの夢を見るんだろう。

もう大学生活も終わりかけだというのに、まだ懲りずに高校時代の部活動の夢を見るのか。そう思っていた。

 

 

だけど、半年前からこの類の夢を見なくなった。

 

その理由は、当時の自分ときちんと向き合って、受け入れることが出来たからだろうと勝手に解釈している。 

 

 

夢は深層心理を表すという話もある。

深層心理に存在していた当時の感情が、「(悪)夢」という形で自分を支配していたんだろうな。夢っていう逃げようのない、しかも準備もできない場で仕掛けてくるのめちゃくちゃ性格悪いわ。お前とは仲良くできない。

 

 

 

 

 

もし過去に戻れるなら?人生やり直せるなら? 

著名人の質問箱に何度となく来るこの質問。私は過去はすべていいものだったと答えたいと思っていた。まっすぐな気持ちで、「全てが私の形成にポジティブな経験でした」と言いたいと思っていた。

マイナスな経験をマイナスだったと認めるよりも、成功は失敗のもと!と眩しく言う方がなんだか人生をうまく生きている感じがする。

 

 

 

だけどまっさらな気持ちで考えたとき、私はそうではなかった。

 

やっぱり高校時代、部活はあまり上手くいかなかった。

けれど、それ以外にも勉強はしていたし友達もいたし、大変だったけれどそれなりに頑張ったし。だからそれで良かったと思っていた。

 

でもやっぱり、良くなかった。

置かれた状況の中でもっと良くあるためにできることがあっただろうに、大した努力をせずに過ごしてしまったんじゃないだろうか。

自分のことばかり考えて、視野が狭くなっていたんじゃないだろうか。

 

 

「あぁ、あの時期勿体無かったな。嫌だったな。」と、高校を卒業してから4年も経ったときにきちんと受け入れられた。それからは別に、当時の自分を庇う必要もないし、過去の自分や状況を批判したっていいと思えたし、案外そうすると楽になった。

 

 

 

 

過去の経験が全て身になって、全て良いものでしたと言うと、綺麗で一貫性がある。

 

なんだか思うようにいかなかった経験も全て美談にしたいし、そもそもそんな経験がなかったかのように前に進める強さも欲しい。 

 

だけどそんなに簡単に語れるわけがない。

どうしたってダメだったときはダメだったんだから、きちんとそれを受け止めないといけない。

「失敗は成功のもと」って、きちんと失敗を失敗だと認められていることが前提にある。この言葉は今まで幾度となく聞いてきて、その度にすっかり分かった気になっていた。この言葉の背景を描いて理解できていなかった自分の浅さを思うと、また少し反省するし恥ずかしさも感じる。

 

失敗や後悔を思い出して、その原因を分析する作業は自分の弱いところと向き合う作業だから正直苦しい。そんなことしないで、「なんだか上手くいかなかったなぁ」くらいで済ませておいて新しいことに着手する方がよっぽど楽で楽しい。

自分が費やした時間が長ければ長いほど、それを失敗だったと、上手くいかなかったと認めることは苦しい。

 

 

 

人がそれまでの人生を語るときは綺麗で一貫性があるように話す。

だけど、人の人生ってもっと複雑で、繊細で、一貫して語れることはそう多くないだろう。

 

そんなはずじゃなかった自分と向き合って、じっくり寄り添って、そうしてようやく自分を受け入れる。そして、そんな自分と付き合っていくという地道な作業の先に、言葉で聞くと綺麗な物語があるんだと思う。

 

 

どうしたって自分と離れることはできないし、3年後くらいにはもう少し良い距離感で付き合えているといいんだけど。。。

社会人になって2週間の頼りない自分に、どうか頼むよとお願いするばかりです。

 

 

 

 

 

 

*1:レース前に行われる点呼。大会によって時間は異なるが、現役時代は40分前に召集に行っていた。(もう詳しい時間も忘れてしまった)